日本中医薬学会

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週刊「中国からの留学生便り<崔衣林>」第二話を掲載

2018.11.10 カテゴリー:中国からの留学生便り

第二話 一年間の中国留学生活のまとめ ~天津中医薬大学附属病院実習~

北京中医薬大学博士課程 崔衣林


 1年という時間があっという間に過ぎました。留学1年が過ぎてやっと《中医》とは何か、わかった気がします。決して日本で中医を学ばなかった訳ではありません。日本では、上海中医出身の福家先生、北京中医出身の宋先生や邵先生、黒龍江中医出身の盧先生より基礎から臨床まで非常にわかりやすく学ばせていただきました。その土台があった上で、一日100人という多くの患者さんを毎日診療する現地の臨床を学べたことはより大きな進歩へと繋がりました。と同時に多くの不足点にも気付きました。中国の先生方は、鍼灸をしながら漢方薬を処方し、西洋医学の検査、診断、薬の処方も全部行います。学生たちは多くの古典を暗記しており、臨床の現場で先生の質問に対し、素問や霊枢の原文、傷寒論の条文を臨床に応用して答えます。私は日本では中医基礎理論、中医診断学、鍼灸治療学、中薬、方剤を学びましたが、より多くのことを学ばなければならないことを痛感しました。

 中国の中医教育は本科5年+修士3年+博士3年+研修医2~3年と言うカリキュラムになっており、中医学と西洋医学を同時に学んでいきます。中国の中医師は西洋薬も処方するため、西洋医学は西洋医同様に学び、中医学も深く学びます。実際どんな科目を履修しているのか、以下本科5年間で学ぶ中医科目をご紹介します。

基礎科目 中医基礎理論、中医診断学、中国医学史、中医各家学説、中薬学、方剤学
古典科目 医古文、内経、傷寒論、金匱要略、温病学
内科科目 中医内科学、中医外科学、中医婦人科学、中医小児科学、中医骨傷科学、中医耳鼻咽喉科学、中医眼科学、中医急診学
鍼灸科目 経絡兪穴学、刺法灸法学、鍼灸治療学、実験鍼灸学、推拿手法学、鍼灸医籍選読
選択科目 中医食療学、中医薬膳学、中薬材鑑定学、中薬材加工学、中薬資源学、中薬炮制学、鍼灸処方学、鍼刀医学、杵鍼学、中医気功学、絡病学、中医薬数学模型、中医美容学、中薬化粧品学など

 留学前は聞いたこともない中医科目が、実はたくさんあったのです。一緒に実習している学生たちが学んでいることを私も学びたい! このまま日本へ帰ると今後一生学ぶチャンスがないかも知れない。もう少し中国に残って勉強したい。そんな思いから大学院へ進学することを決心しました。日本へ一時帰国し、両親に相談すると、「好きな事を見つけたことはいい事、頑張っておいで。」と大学院進学について大いに賛成してくれました。大学院では漢方の知識も身に付けたく、特に日本でもよく使われる処方を学びたいと、傷寒論の経方をよく使われ、糖尿病をはじめ多くの難病を専門とされる名中医である呉深涛教授に師事することにしました。大学院でのお話へ進む前に、私が中国へ留学して初めの一年間で学んだ天津の鍼灸についてご紹介したいと思います。

 天津の鍼灸は中国でも最大規模で、一番有名です。そして中国で唯一、鍼灸外来と鍼灸病棟がある鍼灸専門のビルがあります。これは中国工程院院士・国医大師・天津中医薬大学第一附属病院名誉院長である石学敏教授(2018年現在90歳)の功績が非常に大きいです。1970年代石教授が海外研修から戻った際、文化大革命中で病院には何もありませんでした。臨床も、研究も、教育もできない状態。そんな現状を打開せねばと、石教授は新たに鍼灸科を立ち上げ、人材育成のため80床の鍼灸病棟を設け、同時に中国において発病率が高いにもかかわらず治療が困難で、世界の医療人が頭を悩ませる脳梗塞治療の研究に立ち向かいました。当時の努力はただものではありません。鍼灸科では通常業務以外の時間を使って毎日2時間の講義を行い、毎日古典2000字を書き写す課題を出し、週末や祝日も関係なく出勤し、石教授は何年もほとんど家にも帰らず、研究に没頭されたそうです。

 脳梗塞の治療は古典や当時の研究では「風取三陽」、「独取陽明」が一般的でしたが、石教授は、それは四肢の治療でしかなく、意識障害に対する治療を行っていないと問題提起しました。「心」は「神明」を司るが、「神」を蔵さない。黄帝内経には思考や意識がなくなる(=脳神がなくなる)と意識喪失する、とあり、「神」は「心」ではなく「脳」に蔵されると主張しました。その病機は瘀血・肝風・痰濁などの病理要素が脳窮を閉じ、そのため神が隠れ、神の気を導くことができなくなり中風病となります。治療法は醒脳の穴を主に使いました。長年の研究の末、1982年に脳梗塞の鍼灸治療法である「醒脳開窮」法が確立しました。治癒率が大幅に上がり、後遺症の残存率は低下しました。

 文化大革命時代の中医科と言えば純粋な中医診療のみで、聴診器を持っただけで中医ではないと批判を受けた時代でした。意識喪失した脳梗塞の患者さんが次々と運ばれてくる中、西洋医学無しで対応できる訳がありません。石教授は海外で学んだ経験を活かし、《中医学の科学化》を目標に、現代医療診断機器を導入し診断に役立てただけでなく、治療効果を測定するためにも用い、中医学の数値で証明しました。それだけではありません。鍼灸の教育においては、師弟間の伝授のみで感覚だけを信じ、曖昧なところが多く、人材育成が非常に困難な現状の中、石教授は古典の研究と自身の長年の臨床経験をもとに、筋電図や脳血流シンチグラフィを観察しながら、刺鍼する方向、深度、時間、治療間隔など細部にわたり刺鍼手技を科学的に数値で明確にし、教育方法を確立しました。現在では「醒脳開窮」法は国内外に広がり、鍼灸界の発展に大きく貢献しております。その血と涙の結晶である「醒脳開窮」法を天津で学ぶことができました。

●「醒脳開窮」法は主に陰経と督脈の穴を選択します。治療方法は主として醒脳開窮、滋補肝腎。補として疏通経絡を行います。以下取穴についてです。

主穴 大醒脳 両側の内関、人中、三陰交
小醒脳 上星、百会、印堂、両側の内関、三陰交
副穴 患側 極泉、尺沢、委中
配穴 嚥下困難 風池、翳風、完骨、咽頭壁の刺絡
手指のこわばり 合谷、上八邪
言語不利 上廉泉、金津、玉液の刺絡
内反足 丘墟と照海の透刺
高血圧 両側人迎、曲地、合谷、太衝、足三里
便秘 両側豊隆、左則水道、帰来、外水道、外帰来
失禁、尿不利 関元、中極、曲骨
血管性痴呆 百会、四神聡、四白、太衝
睡眠障害 上星、百会、四神聡、神門
椎骨動脈と脳底動脈の血流改善 両側風池、完骨、天柱、頚椎夾脊刺

●「すべての治療の根本は神にあり」。したがって、神を治療する「醒脳開窮」法は脳血管疾患だけでなく、多くの病気の治療に応用されておられます。以下適応疾患についてです。

中風 中風病と中風の合併症、後遺症
脳病 パーキンソン、小児脳性麻痺、血管性痴呆、脳外傷、脳手術の回復期、多発性硬化症、錐体外路系病変など
精神疾患 不眠、百合病、抑鬱、不安症
疼痛疾患 三叉神経痛、坐骨神経痛、帯状疱疹後神経痛
難病 突発性難聴、頑固性しゃっくり、動眼神経麻痺、無臭症など

 これは一番基本となる取穴と適応疾患です。「醒脳開窮」法は病気や患者さんによって応用が必要で、特に中医弁証と現代医学の診断は非常に重要であると強調されたのが今でも鮮明です。臨床現場では多くの難病治療を学ぶことができました。と同時に高名な先生方は若い時に24時間、365日研究に没頭し、その努力の結果が今日の功績に繋がっているのだと知りました。私たち若者も、まだまだ立ち止まってはいられません。今日、中医学を学べることを先代医師たちに感謝しながら、日々研究、臨床に励みたいと思います。


第三話>へつづく

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