日本中医学会

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週刊「中国からの留学生便り<脱サラ留学生>」第一話を掲載

2019.01.19 カテゴリー:中国からの留学生便り

第一話 自己紹介と来中当時のお話

某都市インターン生 脱サラ留学生


 みなさんこんにちは。これから「留学生便り」に投稿させていただく、『脱サラ留学生』と申します。すでに中国の中医薬大学を卒業し、現在は中国某都市で2019年の医師国家試験受験を目指してインターンと試験対策の日々を送っております。

 「留学生便り」は日本におられる方に中国の中医事情などをお伝えする目的と伺っています。すでに崔さんや黒澤さんが中国での学びの様子を書かれていますが、私はペンネームの通り社会人経験者ですので、その視点からこれまで経験した出来事を描写できればと思っています。できるだけリアルな光景を当時の関係者も含めてご紹介したいと思っていますので、ペンネームでの投稿をご許可いただきました。

 さて、初回では少し自己紹介をさせていただき、そして中国に来た当時のことをお話ししたいと思います。

 私の前職は医療とは全く関係のないサラリーマンです。当時は未熟ながらもサラリーマン道を極めんとしていたのですが、2011年の東日本大震災をきっかけにそれまで相当気張って仕事していたスタイルを変えたいな、もっと家族と過ごせる時間に融通がきく人生にしたいな、と考えるようになりました。当初はその手段として転職を考えていたのですが、ある日義父から「中国で中医学を勉強してみないか」と声をかけられました。義父は元公務員なのですが、縁あって中医学を学んだことのある人です。想定外の提案に当初は驚くばかりでしたが、しばらくするとそれもありかもしれないな、と考えるようになりました。妻とは元々海外で知り合ったのですが、二人とも漠然と「将来は海外で生活してみたい」という考えを持っていたのです。かつて経営コンサルタントの大前研一は、「人生を変える方法は3つしかない」といいました。それは時間配分を変える、付き合う人間を変える、そして、住む場所を変えるということです(ちなみに最もしてはいけないこととして挙げたのは、「決意を新たにする」)。本当はもう少し紆余曲折あるのですけれど、結果的には「よし!行っちゃう?行っちゃうか!」と決断し、中国へ来てしまったのでした。あれから早幾年、気が付けばもう卒業しちゃいましたね・・・。

 文章の最初は堅苦しいものになってしまいましたが、私の座右の銘「なんとかなる」が示す通り、私の根っこはかなり緩いです。私の理想像は高田純次です。あの緩い感じのジョークのセンスは抜群だし、しかもかっこいいし。

 そんなこんなで中国にやってきました。まずは1年間大学付属の語学学校で中国語を勉強してHSK6級を取得し、翌年いよいよ大学入学を果たしました(ちなみに入学条件はHSK4級以上と母国の高校相当の学校を卒業していることのみ)。入学してから分かったのですが、政府方針の変更により、外国人は中医師国家試験を受験できないようになっていました。これにより当時の少なくない在籍生が退学して帰国したといいます。いやいやいや、そんな重要なこと、大学が事前に入学希望者に知らせるべきでは!?事務職のスタッフに事実確認をすると、確かにそういう政府方針があるのだそう。「そうなんだよねー」とスタッフ。そうなんだよねー、って・・・。軽く放心していると、先輩が言いました。「まぁね、でもね、中国はコロコロ方針変えるから。もしかしたら何年かしたらまたOKになるかもよ、あははー」。そうなんですか?本当に?

 そして数年後、はたして当時の先輩の予想は現実のものとなるのでした。2018年現在は外国人も従来と同様の所定条件を満たせば中医師国家試験を受験することが可能です(この未来を予測した先輩も卒業後医師として活躍中)。こ、これが中国か!と戦慄するのと同時に、私の座右の銘「なんとかなる」と実は相性のいい国なのではないか、とも安心するのでした。


第二話>へつづく

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