日本中医学会

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週刊「中国からの留学生便り<脱サラ留学生>」第二話を掲載

2019.02.02 カテゴリー:中国からの留学生便り

第二話 郷に入っては郷に従うか

某都市インターン生 脱サラ留学生


 中国で暮らしていると食事や景観などに隣国の距離感ならではの類似点を多く認めながら、習慣面などに「ここまで違うのか」と驚くことが少なくありません。このようなギャップにどう対応するのかにこたえる諺があります。「郷に入っては郷に従え」です。

 ある実習で出会った事例をご紹介します。当時私は鍼灸科に属しており、指導医のアシスタントとして勤務していました。重度のぎっくり腰を起こした男性患者がやってきたのですが、指導医の鍼治療の後も症状は改善せず、ベッドから起き上がれずに放置されていました。患者は指導医にさらなる対応を求めましたが、指導医は「すでに私がやるべきことはやった」と拒絶しました。痛くて動けないのなら家族でも同僚でも呼べばいい、と患者に告げて同僚の医師と「まったく面倒くさい患者が来たよ!」と談笑をはじめました。

 それを「全くですね!」と一緒に笑うクラスメイトもいたのですが、僕は手助けをすることにしました。「なんだこの病院は!」と感情的になっている患者と根気強くコミュニケーションをします。出稼ぎ労働者なので家族はこの街におらず、同僚にも迷惑をかけたくないといいます。あれこれ試行錯誤の末、最終的には2時間くらいかけて彼を車輪付きの搬送ベッドに乗せ換えてレントゲン科へ引き渡すことにしました。痛みで寝返りもできない90キロはありそうな患者を乗せ換えることができません。そんな僕を見かねたのか別の医師に学ぶマレーシアの研究生や、顔見知りの警備員のおじさん達が助けを借してくれました。みんなで四苦八苦しながら「せーの!」とベッドに移す様子はさすがに人目を引き野次馬(患者、医師、看護師、学生)を集めました。野次馬の中には爆笑しながらスマホで動画を撮る同国のクラスメイトもいました。

 レントゲン室から戻ってきた僕に、指導医が声をかけてきました。「あなたのしたことは手助けとしてはいいのだけれど」と前置きして彼女はいいました。「でもここは病院で患者がたくさんいるの。一人一人にあんなに細かく対応していたら、時間が足りないの」。おまえ同僚とおしゃべりしてたやんけ!と思ったけれど、まぁそんなことをいっても仕方ありません。「先生のいっていることはわかります。でも、放っておくことはできませんでした。すみませんでした」などと回答しました。

 もしこれが日本の病院での出来事だったら、おそらく大部分の人は医師の言動に違和感を覚えると思います。またほかのスタッフや学生たちが誰も手を貸さない状況に異常を強く感じるでしょう。病院内に限らず、中国で生活しているとこのようなギャップによく出会い、戸惑います。もしその当事者になった場合、どうしたらいいのでしょうか。しかも今回のケースでは僕を監督する立場にある指導医は「手助けは不適切」という立場です。「郷に従う」のか、それとも「郷に従わないのか」。

 実習では中国の方たちと密度の濃い交流をすることになりますので、このような「ギャップ」に本当に多く出会います。その度に僕は語学学校時代に読んだ、ある中国人作家の書いたコラムのことを思い出します。それは作家が友人と一緒に訪れたローカルレストランでとても不愛想なウェイトレスに出会った出来事を描いたものでした。作家はそのウェイトレスに敬語で話したりお礼を述べたりするのですが、友人は「あんな失礼なウェイトレスにそこまでする必要はないじゃないか」と憤慨します。作家はこう説明しました。「誰であろうとも、私がよいと思う習慣を、ねじまげることはできない」。

 自分の信念を貫いて行動することは美学としてみられることが多いですが、いいことばかりではありません。組織を乱す可能性をはらんでいるし、失敗して痛手を食らう可能性もあるでしょう。たとえば患者をベッドの移そうとした際に落下して怪我したら誰が責任取るんでしょう? 僕のしたことは間違いだったのかもしれません。もしかすると場の流れに身を任せて「郷に従う」ほうが楽だったのかもしれません。スマホで撮影してSNSのネタもゲットできます。

 もしあなたならどうしますか?

※※※

 最後にご理解いただきたいことがあります。このような「ギャップ」の存在については日本でもよく報道されるもので、中国を偏見の目で見がちです。しかし当たり前ですがすべての中国国民がそうなのではなく、今回のような事例を異常に感じる医療従事者もいるのです。今回のコラムはそうした偏見を助長することが目的ではありません。「異文化の場でいかに立ち振る舞うのか」というとても普遍的なテーマを、中国を題材にして描いたものとご理解ください。


<第三話>は2/16(土)配信予定

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