日本中医学会

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お知らせ

第9回学術総会 研修認定薬剤師受講シールについて

2019.09.11 カテゴリー:お知らせ

第9回学術総会は、研修認定薬剤師制度認定対象となっております。
※日本薬剤師研修センター認定単位(各日3単位 × 2日)

受講シール(単位のシール)は各日、終了時に受付にて配布いたします。
なお、受け取る場合には、ご自身の薬剤師免許番号をご提示ください。
ご提示いただけない場合には、シールはお渡しすることが出来ませんのでご注意ください。

「あなたの症例を名医が解く」症例募集

2019.09.05 カテゴリー:お知らせ

日頃より皆さんの中医学を活用した診察、治療は患者さまにたくさんの喜びを与えているものと思います。そんな症例を持ち寄って中医学の考えを深めたり、違った側面からの考え方や、うまくいかない症例を相談する。第9回学術総会では、そんなセッションを行います。
このセッションでは皆さんから「うまく行った!」とか「わからないけど効いた」など様々な症例を募集いたします!

ひとつの症例を解決するのに様々な考え方があります。それは山の頂上に到達するのに様々なルートがあるのと同じ様です。
中医学的な考えというのは何でしょうか?陰陽、五行、経絡、気・血・津液・精、五臓六腑、運気論、傷寒論、温病学説、補土派など、理論はさまざまあるでしょう。これらの理論は何のためにあるのかというと、目の前の患者の訴えを解決するためにあるのです。
今、目の前に困っている患者がいるとするならば、目的はその症状を取り除くことです。そのためには様々な考え方があって良いのが中医学です。ひとつの考え方に縛られることはありません。
もし、あなたが考えだした治療法で、どんな訴えも改善できるならば、それはすでに新たな中医学理論かもしれません。しかし、すぐに自分ですぐれた治療法を編み出すのは難しいため、それまでは近くにいる先生や過去に自分の経験を残してくれた先生、およそ3000年前に理論を残してくれた聖人に習い、やり方を真似するのです。
さて日本の中医学教育はどうでしょうか?系統立てて的確に教育し、臨床を経験し、世に送り出すシステムは?国としての認定は?

今回症例を分析していただく「名医」は、沖縄で中医臨床と教育にご活躍の医師の梁哲成(ヤンチョルソン)先生、上海で中医師としてご活躍の藤田康介先生、台湾の中国中医薬大学を卒業し東京で鍼灸&漢方で開業していらっしゃる医師の郷家明子先生の3名です。
これがすべてではないというのは当然ですが、それがひとつの考え方であるというのも事実です。自分の考え方を違った側面から見直す良いチャンスになればと思います。

サンプル(PDF)を参考に、皆さん奮ってご応募ください!

日本中医学会事務局(endai@jtcma.org)までメールでお送りください。

毫火針療法

2019.06.08 カテゴリー:お知らせ

中国伝統医学療法研究所(香港)所長である劉恩明教授の創始した療法で、従来の火針よりも細い針を用い、痛みが少ないのが特徴である。
効能としては、止痛,、止痒、止麻、止攣、止泻、止咳定喘、泻火解毒、去瘀除腐、破潰排膿、除節散結、壮陽補虚,昇陽挙陥,扶正助陽があげられる。

【追悼】猪越恭也先生のご逝去を悼む

2019.04.22 カテゴリー:お知らせ

日本中医学会 顧問
東洋学術出版社 会長
山本勝司

 日本中医学会顧問 猪越恭也先生が4月2日、ご逝去されました。

 元気の塊のようなあの猪越先生が、もうこの世におられない。
 中医学導入期に大活躍された第一世代の先生たちが次々と亡くなられる。1つの時代の転換期を覚える。

 人に紹介されてはじめて猪越先生に会いに吉祥寺のイスクラ診療所を訪れたのは、40年前の1980年春でした。
 東洋学術出版社を創業し、『中医臨床』創刊号の企画を考えている真っ最中でした。当初予定していた鍼麻酔関係の情報は、10年経過したこの頃にはあまり目立った話題になっておらず、創刊号の企画として何をテーマに取り上げればよいのかわからず途方にくれていました。もともと、前職を退社して、中国の雑誌文献を翻訳紹介しようと考えたのが起業の動機だったのですが、この頃、中国では文化大革命が収束して、排斥されていた中医学が復権を果たし、これから正常化しようとする直前でした。長く休刊されていた中医雑誌がぼつぼつ復刊され始めていました。
 ところが、それらの雑誌にはすでに鍼麻酔の記事はほとんど見られず、代わって異様に目立ったのが「冠心Ⅱ号方」の情報でした。それがなにものなのか、私にはとても理解できません。そこで、初対面の猪越先生にその状況をお話をしたら、ぜひそれらの記事を読ませてほしいと申し出られたので、さっそく数十冊の雑誌をお届けしたら、数日後、「すごい論文ですよ。これは革命です。もう興奮して数日間徹夜で読んでいます」と猪越先生、大興奮の状態でした。「私にこれらの文献の翻訳と解説記事を書かせてください」と申し出られます。それが形になったのが、『中医臨床』創刊号の特集「虚血性心疾患・狭心症」と「漢方『冠心Ⅱ号』方」です。
 「冠心Ⅱ号方」は、中国西苑医院の中西医結合研究チームが1970年代に開発した血流促進と血質の改善を促す方剤です。古典にもとづいた「活血化瘀」という治療方法の提起と丹参を中心とする新方剤の開発でした。この開発は40年を経過した今日でも重要な事業として高く評価されています。

 『中医臨床』創刊号は日本の読者たちに大きな衝撃を与えたようでした。非常に強い反響を得ました。当時中国医学といえば鍼麻酔か鍼治療と考えられていたのに、新たに「中成薬」が主役として出現し、かつ「活血化瘀」という耳新しい概念が投げつけられました。日本での漢方医学のイメージとは大きくかけ離れた真新しい「中医学」の登場でした。

 漢方は便利なものです。さっそく同方剤の臨床応用が始まりました。猪越先生が自分の患者さんに「冠心Ⅱ号方」と同じ構成生薬で煎じ薬を作って投与されたところ、すばらしい効果が現れてびっくりされます。幾人もの患者のデータがつぎつぎと改善していきます。先生はこのとき同方剤のもつ効果と「活血化瘀」という中医学の独特な治法の意味深さに確信をいだかれます。以降、先生は日本の臨床現場に中医学と「冠心Ⅱ号方」を普及定着させることに生涯を懸けられます。すぐに東邦大学五十嵐教授とともに「冠心Ⅱ号方」研究チームを結成し、様々な実験を行ったうえで、成都の華西医科大学薬学院製薬廠と共同で同処方にもとづく「冠元顆粒」が製造されます。そしてイスクラ産業(株)が大変な苦労をして薬事審議会、厚生省の認可を取得し、製造販売許可を獲得します。

 猪越先生のすごいところは、単なる翻訳紹介に終わらず、「冠元顆粒」という方剤を製造して日本に持ち込み、さらに全国1000店の中国医薬研究会というチームを組織し、これを拠点に中医学を系統的に学習しながら普及する仕組みを作られたことです。現在その事業は猪越先生が育てられた後継者たちによって見事に引き継がれていると聞きます。猪越先生は「冠元顆粒」以外にも、日本にそれまでになかった多くの中国の名方をつぎつぎと導入されました。また、「お母さんのための漢方教室」を開催して、社会の底辺に向けて直接中医学の考え方を広げられました。

 猪越先生の中医事業にかけた熱い情熱、もの凄い集中力、点から面へ広げる柔軟な構想力と実行力、そしてけっしてぶれない軸の太さには、感心させられ続けました。後年お会いしたときも、若い日と変わらず矍鑠として、中医を熱く語られます。

 猪越先生は日本の中医導入期の最初の開拓者であり、先導者であり、指導者でした。『中医臨床』が猪越先生とともにこの大事業の一端に関われたことを光栄に思います。
 猪越先生と時を同じくして、中医学に啓発された新進の若いリーダーたちが全国に澎湃として立ち上がり、燃えるような中医学学習運動を展開しました。まるで火柱が立つような意気盛んな一時代を形成しました。
 いま40年を経て変革期を迎えているのかもしれません。若い次の世代が新しい時代を切り拓いてくれることを期待したいと思います。

 猪越先生、安らかにお眠りください。

【追悼】小髙修司先生のご逝去を悼む

2019.04.19 カテゴリー:お知らせ

日本中医学会 会長
平馬 直樹

 日本中医学会顧問 小髙修司先生が3月27日、急逝されました。

 診察中にカルテ記載の文字が曲がってしまう異変にご自分で気付かれ、母校の東京医科歯科大学で検査を受け、視床下部付近?に少出血巣が見つかり、念のために入院となったそうです。数日経過を観察し著変がないため退院され、その日は診療もされて、休んだところ、奥様が異変に気付かれ、半身まひの状態となり、その時点では意識もあり、苦痛も訴えなかったそうですが、まもなくそのまま眠るように息を引き取られたということです。
 先生は中医がん治療の第一人者として、日本の中医学を牽引されていました。著作も何冊も上梓し、古典研究にも深いものがありました。まだまだ、活躍されるはずでまことに痛恨の極みです。
 先生は耳鼻科領域の頭頚部腫瘍の外科治療がご専門でしたが、1980年代から中医学に取り組み、80年代末から都立豊島病院の東洋医学科で本格的な中医診療を始めました。北京市中医医院から派遣された中医師(レベルの高い素晴らしい方々でした)に学びながら、後進の養成にも熱心に取り組まれました。仙頭正四郎先生、北田志郎先生らが後に続きました。
 1989年に東京臨床中医学研究会ができると、先生もまもなく参加。初代会長張瓏英先生逝去後は会長として月例研究会の場で会員を導くとともに、広島中医学研究会と合同で、四川や上海の老中医との交流を主導されました。
 先生は著作も多く、『中医学で病気を治す』『三千の知恵中国医学のひみつ』『中国医学の健康術』などの啓蒙書、『身体にやさしいガン治療』『再発させないがん治療』『思いやりのガン治療』などの中医がん治療の実践を紹介する著作、さらに古典に通暁された先生ならではの『唐代文人疾病攷』また大書『宋以前傷寒論考』の分担執筆など枚挙にいとまないほどです。これらの業績は後々まで輝き続けることでしょう。

 私とは長い付き合いでした。私が北京の広安門医院に留学中に、先生も短期間でしたが東京都から北京医院に派遣され研修されました。広安門医院の老中医について学びたいと連絡があり、一緒に陪席して学んだのもよい思い出です。東京臨床中医学研究会では、はじめ先生が副会長、私が事務局長、のちに先生が会長、私が副会長で、月例研究会、中国との医学交流を協力して推進しました。日本中医学会設立後は先生に顧問に就任していただき、2016年の第6回の学術総会では「再発させないがん治療」の演題で特別講演をいただきました。今年の学術総会では東京医科歯科大学の後輩にあたる別府正志先生が会頭を務め、先生にランチョンセミナーの講師をお願いし快諾いただいていました。幻に終わりまことに残念です。
 先生は刀剣などの日本工芸、日本文化にも造詣が深く、何といっても酒の知識と実践には誰もが一目置く深みがあり、私も研究会のあとの酒の席、中医師を招いての宴会などで、先生から酒の飲み方、うまい酒をずいぶん教授いただきました。先生は飲むと明るくなり、楽しい酒でした。先生とはたくさんの思い出がありもう一緒に酒を楽しめないのは寂しい限りです。
 先生、今までありがとうございました。先生の功績は不滅です。今後は私たち後輩が、先生が中医学にかけてきた情熱を受け継ぎ、中医学の発展を担っていく所存です。どうぞ天国からお見守りください。

 また、本学会評議員の加藤久幸先生が、先生の訃報を、親交の深かった四川省成都中医薬大学の馬烈光先生に伝えたところ、馬先生がすぐに追悼の詩文を作って送ってくださいました。つたない訳ですが翻訳文も併せて紹介させていただきます。また、この詩文を書にしたため、その写真も送っていただきましたので併せて掲載いたします。

日本小髙修司故友 千古

普済群生心即佛,
妙除百病智争仙,
先生素抱良医志,
高德长留在世間。

中国成都中医薬大学馬烈光謹挽
2019年3月28日

 

日本の小髙修司は永遠の旧友

人々を普く救済するその心は仏のごとし
百病を絶妙に治療するその智は神仙に匹敵
先生はかねてから良医を志し
その高徳は末永くこの世に記憶されることだろう