日本中医薬学会

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学術総会

第3回学術総会 2013年 レポート

2013.09.15

【 全体のまとめ 】

第3回学術総会 会頭  吉冨  誠

 第3回日本中医学会学術総会は総合テーマ「少子化問題を解決する中医学」のもと,東京都江戸川区のタワーホール船堀にて,9月14日,15日の両日開催されました。
 招待講演として, 日中友好病院中医心腎内科教授杜金行先生に「症例を通して腎臓疾患の中医診療を語る」、台北市中医師公会理事長曹永昌先生に「台湾医療保険における中医診療の現状」を講演いただきました。
 特別講演として、ビッグママ治療室院長米山章子先生に「『東洋医学で人を診る』弁証論治で読み解く、女性の人生物語。~妊娠を望む治療から、安産を願う妊娠中の治療、そして産後のフォローまで~」、林鍼灸院院長林暁萍先生に「不妊症の中医鍼灸治療」を講演いただきました。両講演とも今回のテーマにふさわしい有意義な講演でした。
 はじめての企画として取り組んだ一般公開講演は、中医学ライターの髙島系子さんによる「妊娠と産後にやさしい中医学」の講演と座談会を開催しました。約80名の一般参加があり好評でした。
 酒谷薫理事長コーディネイトのシンポジウム「自然治癒力を科学する」、今回の総合テーマに沿った「不妊症に対する中医学」「子育てにおける中医学」「妊婦に対する中医学」各シンポジウムを行いました。韓国から金英信先生と李鐘安先生がシンポジウムに参加いただき、韓医学の具体的な治療をお話いただきました。それぞれのシンポジウムについては座長の先生より報告があります。別府正志先生には一般公開講演とシンポジウムの座長ならびにシンポジストとして、今回の企画に多大なご協力をいただきました。一般演題も12題の発表があり、日本中医学会にふさわしいすぐれた内容ばかりでした。
 今学会は私の個人的経験に基づき、総合テーマを「少子化問題を解決する中医学」といたしました。不妊症~子育てまで、中医学がおおいに有効で、社会にも貢献できる分野であることを再認識してさらに臨床応用することが目的でした。不妊だけでも学会のテーマになるボリュームを持っています。準備段階では範囲が広すぎて消化不良になるのではと心配しましたが、不妊症から子育てまで一連の流れを俯瞰して考えることができ、当初の目的を果たすことができたと思っています。今後機会があればそれぞれのテーマで、さらに深く掘り下げた議論が交わされることを期待しています。
 最後に今学会の運営をサポートしていただいた、事務局・運営委員・ボランティアの皆さんに心から御礼申し上げます。


座長レポート

【 会頭講演 】少子化問題を解決する中医学

座長:西本 隆

 第3回学術総会の幕開けは、今回の会頭をつとめられた、吉富復陽堂医院院長 吉富誠先生による「少子化問題を解決する中医学」というテーマでの会頭講演でした。
 吉富先生は50歳代半ばに第1子をもうけられ、現在も子育て奮闘中という実体験も踏まえ、「Think Globally Act Locally」の観点から今回の講演を組み立てられました。
 講演の内容は、まず、歴史的認識からでした。最初に、中国では、最古の小児専門書と言われ周の穆王時代に伝えられた顱顖経、不妊症の鍼灸治療が記された鍼灸甲乙経を紹介され、黄帝内経上古天真論にはじまり、神農本草経、金匱要略を経て、唐代の諸病源候論、千金要方において婦人・小児関連の記載が重視されたこと、宋・金代では楊子建十産論、婦人大全良方、小児薬証直訣など、明代では女科証治準縄、保嬰撮要など、清代では傳青主女科、医宗金鑑などの書物で婦人科、小児科の詳しい論治が行われていることを紹介されました。また、本邦においては、すでに医心方で唐代までの、啓迪集で明代までの産科小児科の集大成がおこなわれ、その後、世界に先駆けて胎児の正常位置を発見したと言われ、有名な折衝飲を創成した賀川玄悦、その弟子の片倉鶴陵、あるいは、17世紀から18世紀においての古方派の台頭のなかで、後世派として婦人寿草、小児必用記などを著した香月牛山などの業績を解説されました。講演の後半は、妊娠悪阻、胎位異常、産後乳汁不調、乳腺炎、回乳など、各論における頻用処方を解説していただきました。
 約40分という比較的短い時間ではありましたが、今回の学術総会における、不妊症に対する中医学、妊婦に対する中医学、子育てにおける中医学という3つのシンポジウムの基盤となる、歴史及び臨床各論に関する幅広い知見からのお話でした。


座長レポート

【 特別講演 】講師 米山章子
 『東洋医学で人を診る』弁証論治で読み解く、女性の人生物語。
~妊娠を望む治療から、安産を願う妊娠中の治療、そして産後のフォローまで~

座長:河原 保裕

 特別講演では、標記演題のもと不妊治療に関する弁証論治と鍼灸治療の内容で講演いただいた。不妊治療に訪れる患者は、何度も高度生殖医療を行っていたり、高齢であったり、婦人科疾患を併せ持つなどと多岐にわたり、2年以上の長い不妊治療歴をお持ちの方が多く、藁をもすがる思いで来院するとのことである。米山先生の治療院の患者は20代~40代であり、卵子老化が始まる35歳から45歳までの患者が特に多い。講演では、多くの症例や詳細なデータを提示していただき、丁寧な解説を聞くことが出来た。
 米山先生は東洋医学的人間観を大事にされていて、五臓のバランスを中心に弁証論治を行う。肝(木)を中心とした生命観であり、天空に伸びる枝は心(太陽)、肺(空気)に手を伸ばし、脾腎の大地に根を張るという独自のイメージをお持ちで大変興味深く聞かせていただいた。弁証は、気血両虚、肝鬱、腎虚肝鬱のパターンが多く、肝鬱は鍼が効きやすく、治療を諦めたときに妊娠しやすいことや、腎虚肝鬱は高齢者に多いなどの特徴を解説されていた。また、弁証を行うにあたり、時系列の問診が重要で過去から現在までを知る必要があり、ターニングポイントを押えることが重要である旨の説明もあった。実際の治療では、着床の頃の鍼灸は妊娠効率をあげるため、陽気をあげて軽く理気する方法を用いる。また、ご自宅での施灸を指導し、養生してもらうこと、生活指導として特に睡眠など身体自身を整えることが大事と話されていた。
 最後に実技を行っていただいたが、ここでは体表観察の仕方、温灸の使い方などを見せていただいた。温灸は艾に被れる患者がいるため、艾ではなく石を温めて使用する方法なども紹介していただいた。
 いずれにしても不妊治療は長い闘いであり、患者も治療者側も根気が必要である。


座長レポート

【 招待講演 】台北市中医師公会理事長 曹永昌先生
「台湾における中医学の現状」

座長:清水 雅行

 総会2日目最初のプログラムは、台湾から台北市中医師公会理事長の曹永昌先生をお招きしての、招待講演であった。曹先生は、第1回総会から、台北市中医師公会訪問団の一員として本会に参加しておられ、会員の先生方にも既に顔馴染みでいらっしゃる方も多いと思われる。台北市中医師公会とは本学会設立当初より交流を重ねてきた。今春にも平馬会長を団長とする本学会訪台団が中医師公会主催の国際中医薬学術総会に参加したが、その際に開催された台北市中医師公会総会において、曹先生は第17代の理事長に就任された。今回はそのお祝いを兼ねて、ご講演を頂く運びとなった。演題は「台湾における中医学の現状」である。
 初めに台湾における中医薬行政管理機構について紹介頂いた。担当省庁は以前の衛生省が、今年から衛生福利部に名称変更になった。組織には国家中医薬研究所が含まれている。台湾では中医師は中医薬大学を卒業して国家試験に合格しなければならない。開業する際には全ての中医師は、所在地の中医師公会に入会することが医師法によって義務づけられている。台北市中医師公会が設立されたのは1950年3月15日で、毎年この日は国医節と名付けられ祭日となっており、国医祭が開かれ、前述の国際中医薬学術総会が開催されている。現在903名の中医師が台北市中医師公会に登録されている。
 次に台湾の医療の現況について紹介頂いた。現在台湾の西洋医師は4万人ほどいるのに対し、中医師は5600人ほどである。台湾では1995年に憲法が改正され日本同様の国民皆保険制度が確立された。1999年からは、中医保険診療における総額支給制度が開始された。これは中医診療に関わる医療費総額の上限が定められているものであり、中医診療の品質向上、専業の自主性、中医診療の標準化と合理化、医療費の抑制を目的としたものである。中医診療で保険適応となるのは、診察費、薬剤費、調剤費、鍼灸治療、傷科治療、脱臼整復、骨折整復である。中医医療のさらなる品質向上のため、中医師の生涯教育制度、無医村に対する中医巡回診療、さまざまな中医診療ガイドラインの創設、国民向けの中医養生保健ハンドブックの出版、国民に対する中医診療満足度調査などが施行されている。これらの施策の結果、毎年患者総数の30%程度が中医診療を受けるまでに至ったが、反面、医療費の増加、受診率の上昇、中医師の不足への対策が今後の課題であるとのことであった。
 以上のように、中医師公会入会の義務化と中医医療保険総額支給制度が、台湾における中医診療の特筆すべき点であり、台湾中医学発展の原動力となっていることが理解出来た。
 来年は、台北市において、3月に恒例の国際中医薬学術総会が開催されるのに加え、11月には国際東洋医学会が開催されるので、本会員の先生方には是非参加して頂きたいとのことであった。本学会と台北市中医師公会の学術交流が、今後もさらに活発に継続され、相互の発展に繫がることを祈念したい。


座長レポート

【 シンポジウム③ 】
「子育てにおける中医学」を終えて

座長:渡邊 善一榔(富士ニコニコクリニック)

 シンポジウムの日は大型台風が接近していたが、多くの先生に参加していただいた。座長は加島雅之先生と筆者(渡邊)が担当した。
 発表内容は、韓国の金英信先生は「子育ての韓医学:小児の成長発達と伝統医学」を、中国の郭珍先生は「小児神経症の鍼灸治療」を、そして日本から筆者が「成長発達中の小児疾患には中医学を」であった。
 各国の共通した認識は、古典より小児は大人を単にミニチュアにしたものでなく、稚陰稚陽・純陽などの特徴を持った成長発達段階にある。よって小児疾患の特徴は弱い邪気でも容易に発症し、強い症状(高熱)を出し易く、治療で回復し易いが、症状は変化し易く、急速に重症化し死亡する病態も隠れているので細心の注意が必要である。そして小児の臓腑は未熟であり、特に後天の気を司る津液代謝に関与する肺・脾が未熟なため、呼吸器・消化器疾患が多く見られ、脱水症になり易い。小児の治療は脾胃の調整が大事である。西洋医学治療(抗生物質・予防接種・点滴における輸液管理)の登場で、小児科領域では伝統的東洋医学は脇役に成り下がってしまった。しかし、西洋医学では有効な治療法(本治)がない虚弱児・小児神経症・アレルギー疾患などの慢性疾患や急性疾患の発熱・鼻閉・腹痛などの症状には漢方薬治療が大いに効果を認めている。現在社会においては少子高齢化・核家族化が進み、小児を取り巻く環境が大きく変化し、子育てをする上で様々な問題が出てきた。そして、各国の文化・社会制度の違いはあるが、小児治療においては母親の存在が重要であることは一致した。

シンポジウムの内容を発表順に報告する。
 筆者は現在日本における小児科の現状を症例から報告した。一般小児外来を受診する急性病の多くは軽症のウイルス感染症であるため、90%以上を漢方エキス製剤のみで対応可能であり、西洋医の困っている発熱・鼻閉・腹痛の症状にも漢方薬は有効である。漢方エキス剤治療のポイントは早期に・頻回に・多目的的に用いることである。ただし急性重症疾患には西医の治療が優先される。慢性病ではアレルギー疾患(乳幼児の皮膚病・喘息・花粉症)は増加傾向にあり、中医学ではこれら同属の病であり、治療は臓腑が育つのを待つ治療が重要である。また、小児は社会・自然環境変化の影響を強く受けるため、流行する疾病も変化するので、その時代に適合した治療法を求める必要がある。現在日本では照明の普及による夜ふかし・飽食や食事のバランスの悪さ・ストレス社会による神経症が問題になっている。当日は古典には存在しない現代病である冷蔵庫の普及で冷飲食過剰による裏寒証(真寒仮熱)についてと小児神経症に心身一如の考えを持つ漢方治療の有効性について発表した。日本の医師は1人で漢方薬と西洋薬を扱うことが国で許可されているので、日本小児科医により伝統的東洋医学を推奨し、普及させたい。
 金先生の講演は韓国の小児科韓方医学は西洋医学が導入される前までは韓医学の主要な科に属していたが、現在は利用される領域は狭くなっている。しかし、西洋医学のように疾病だけを対象とせず、人間全体を治療する概念を持つ伝統韓方医学は小児においては生後から思春期まで付き合うことで健康管理に多大な利益をもたらしている。小児の虚弱症を5つに分類して対応することで成長不尽、虚弱体質、低身長などの防止や抵抗力増強、体力向上で疾病予防や重症化を防いでいる。虚弱体質の治療は肝系には四物湯を、心系には帰脾湯を、脾系には養胃湯を、肺系には参蘇飲を、腎系には六味丸を基本に用いている。また、韓国では子供の健康を支持するために免疫が低下する1歳(子供によっては生後6ヶ月)から鹿角を年1回(時に2回)、歳の数に合わせて服用させる習慣があることをお話された。そして母親教育の必要性を強調され、厳しく、力強い言葉の中に優しい指導をされていることが想像できた。また、韓方薬の飲ませ方の中では0〜2歳までの乳幼児は飲ませやすく、自我が形成される3歳頃からは飲ませるのが難しく(最後には甘味も許可する)、小学生以降は説得すれば飲めるなどは臨床経験のある先生だからこそのお話が聞けた。講演時間の関係で成長発育と扁桃腺との関係が十分に聞けなかったことが残念であった。
 中国の郭先生は小児神経症(驚・癇・疳)の鍼灸治療を発表された。小児驚は心神が定まらず発症し、驚風(小児の熱病時のひきつけで、時に脳を冒す病)、驚啼(睡眠中に驚いて泣く)がある。癇はけいれんを意味し、癇は驚より重い病態であるとしている。ちなみに癲癇の”癲”は疒に顚で「顚倒=転倒する病」で大人のてんかんに、子供のてんかんを”癇”と呼んでいる。疳は小児薬証直訣には「疳皆脾胃病、亡津液之所作也」と記載があり、脾胃の運化失調で起こる慢性の栄養障害の病態を意味している。疳の虫は日本独特の考え方で、小児神経症に該当し、現在中医学の肝気鬱帯・心肝火旺・肝陽上亢などの病態であると考えられる。
 小児の診察には四診(望聞問切)を用いて、中医学弁証に基づき、治療を決定する。特に3歳以下では小児指紋で示指内側に浅在する静脈の状態を望診する。これは付け根の近位より風・関・命とし、色艶で病性(寒熱・虚実・瘀血)を、長短で重軽を、浮沈で病位(表裏)を観察する小児独特の診察法である。
 治療では①中医鍼灸において大人同様に豪針を用いるが、小児では細い鍼で浅刺し置鍼はしない。時に刺絡や耳穴なども併用する。協力できる小児はお灸も行う。②江戸時代からの日本独特の療法である小児鍼においては皮膚に突き当てる刺激、皮膚の摩擦や擦過の刺激や皮膚表面をわずかに切る刺激による全身の皮膚刺激の鍼法で、特に乳幼児に用いている。③小児推拿は督脈と背輸穴を中心に刺激する方法などを紹介した。WHO(世界保健機構)でも小児神経症には鍼灸が適応あることを認めていると発表された。郭先生の講演からは小児に対して丁寧に優しく接していることが想像できた。

総合討論
 小児に附子・乾姜の温裏薬の使用に対して、日本では冷蔵庫の普及により自然界で最も冷たい氷を夏場でも大量に摂取し、胃寒実証から脾腎陽虚の裏寒証になっている小児も多い。そのため温裏薬を用いる場合も出てきたが、韓国では小児の裏寒薬の使用はまだないとしている。しかし、現在は各々の国でも冷蔵庫の普及が進み、冷飲食を多く摂取するようになっているという報告を受けた。今後は小児の冷え症が日本同様に深刻な問題になると推測する。
 疳証(慢性胃腸障害による栄養失調)と疳の虫(神経過敏症)の関係について当日は回答できなかったが、古来より日本では、様々な病気や精神異常を「虫」が原因と考えていた。室町時代には五疳の記載があり、消化不良・自家中毒・小児結核・夜驚症・寄生虫などの多種多様の疾患が包括されていると推測されている。また、江戸時代の徳川家康は痩せた関東の土に人糞を肥料として用いていたため、寄生虫による感染症が流行し、感染した子供は癇癪持ちの神経症となり、栄養不良状態で、その時代は時に死亡する病気であった。それにより日本では乳幼児の神経過敏症(癇癪持ち)を「疳の虫」と呼び、江戸時代から明治末期にかけては、子どもの疳の虫封じの信仰が隆盛を極め、多種多様の治療法が出現した。そして現在まで「疳の虫」という言い回しが残り、日本での「疳」は小児の慢性栄養障害(疳証)でなく、肝気の異常興奮による神経症(疳虫)を呼んでいることが多い。

補足)
 「子育て」とは育児に未熟な母とその子供を共に育て、成長発達させることである。小児科医は子供の病気だけを対象にするのでなく、子供の心身丸ごとおよび母親(家族)を含めた全人的治療が必要であると考える。これは伝統的東洋医学の概念と一致する所であり、21世紀の治療は西洋医学と東洋医学をお互いに相補する併用療法が重視されると考える。小児科医は伝統的東洋医学をより学ぶことを切望する。


座長レポート

【 一般演題①のまとめ 】
 1.川又正之 「針灸における陣痛誘発効果」
 2.緒方 博 「歯根膜炎から頬部膿瘍で腫脹した患者が火針で緩解した一例」
 3.高野耕造 「六経弁証における太陽経証から陽明経証への伝変に対する経絡学的考察」
 4.中吉隆之・王財源・坂本辰徳 「七表八裏九道の脈の文献的検討」

座長:越智 富夫

 第1席の川又正之先生の発表は,針灸刺激の陣痛誘発効果と腹筋中のPGE2の増減を関連づげることにより,針灸刺激の陣痛誘発効果をより化学的に捕らえようとしたものである。結果は,針灸刺激にて25例中24例に子宮収縮効果が見られ,無効はわずか1例であった。更に針灸の刺激後,24時間以内に陣痛がついたものは19名と針灸刺激には高い陣痛誘発効果があることを示すものであった。腹緊中のPGE2の増減もそのことを示唆する同様の変化を示した。
 私自身,針灸には陣痛を誘発する高い効果があることは臨床を通じて確信していたが,この結果はそれらを明確に示し,今後の臨床応用を後押ししてくれる大変意義ある発表だと思われる。今後のこの分野での針灸の導入に期待したい。
 さらに興味深いことは,生理痛などで鎮痛の目的で使われる「合谷穴」は,今回陣痛誘発という痛みを起こすという全く逆の効果を発揮したと思われる。確かに「大椎穴」も高熱時には下熱,冷え症には温補のように逆の作用を発揮する。同じ経穴が身体の状況により何故異なる作用となるのか? さらに針灸手技はその状況をどのように変化させるのか? このような根本的な疑問を解決していくことが中医針灸学の科学化につながるのではないだろうか。

 第2席の緒方博先生の発表は歯根膜炎から頬部膿瘍で腫脹した患者が「火鍼」を用いることにより,一般的な現代治療よりも,肉体的,精神的,時間的な負担を軽減して効果を収めることができたというものであった。針灸は「患者にやさしい医療」であることを明確に示してくれた一例であったと思う。
 「火針」は比較的簡便で著効が得られる方法である。今後の歯科口腔外科領域での歯肉炎や歯根膜炎などによる口腔内の腫脹に「火針」が応用され,治療の第一選択となることに期待したい。

 第3席の高野耕造先生の発表は,六経弁証における太陽経証から陽明経証への伝変を外邪の特性(陽邪は浮・遊走性,陰邪は沈降性)から説明しようとしたものであった。六経病機の太陽経病機の一つに「営衛不調」があるが,これは陽邪を感受すれば衛強営弱病機,陰邪を感受すれば営強衛弱病機が現れるというものである。例えば,陽邪を感受すれば外表部に浮揚するので,発熱するというものであるが,その後邪入経輸となり,経絡に沿って上昇して陽明経に伝変するとは限らないだろう。仮に経脈に沿ったとしても正気の強弱や頭項部の太陽経との連結経絡なども考慮する必要がありそうだ。
 傷寒六経病機は,外感熱病過程に表れる臓腑経絡の気化機能の異常であるが,発展段階では,正気の強弱,病因の属性,邪正の盛衰,寒熱の進退,病理段階,病勢,および陰陽の消長,などの変化が現れるが,『傷寒論』では,「伝変」には,「伝」,「転属」,「転入」,「属」,「伝経」などと形容され,伝変の形態には「表裏伝」,「循経伝」,「越経伝」,「首尾伝」などの形態があり,大変複雑である。このような複雑な病機を経絡学説で理解する試みは更なる詳細な検討が必要と思われる。
 今回の発表は現在の日本の針灸の課題について,六経弁証や衛気営血弁証などを取り入れた詳細な弁証をしなければ針灸と漢方が結びついた真の中医学は提供できないと先生が強調されたことは、今の日本の針灸の最も重要な課題を指摘したという点で大変意義ある発表であったと思う。

 第4席の中吉隆之先生の研究は七表八裏九道の脈になぜ祖脈である「数脈」が含まれていないのかを様々な方面から検討したものであった。「数脈」が含まれない矛盾は「数」=「促」仮説で説明することが可能であったと紹介した。このことは,二十四脈の研究に新たな見解を提供し,今後の研究の参考となる意義深い発表であると思われる。私たちが学習する古典には様々な矛盾点が存在すると考えられるが,それらを一つ一つ丁寧に解決していくことが更なる中医学の発展に必要不可欠なことではないかと思われる。
 また,『東洋医学概論』で記述されている『脈論口訣』が七表八裏九道の脈状に分類したという内容は六朝時代の高陽生の著作とされている『脈訣』の誤りであったと説明した。このことについては,今後の速やかな検討と正確な記載をお願いしたい。


座長レポート

【 一般演題② 】

座長:周 密(中国漢方普及協会)

(1)「漢方のみで高齢自然妊娠――中医周期調節法」
    塩野 健二、王 全新(誠心堂薬局)

 高齢者による妊娠・出産は難しいと言われていますが、漢方のみの治療で、さらに、43歳という高齢を克服しての自然妊娠という貴重な症例報告、有難うございました。今後益々のご活躍を期待しています。

(2)「高齢不妊に対する中医周期調節法による自然妊娠の症例」
    張 樹英(誠心堂薬局)

 (1)で報告されたのと同様の高齢不妊の克服症例について発表して頂きました。
 本症例では、生理周期に合わせて、漢方の補腎薬を主体として、適切な処方を施すことにより、自然妊娠の環境を整え、これにより2児の出産に至っています。本当にすばらしいことと思います。また、2児の出産ということは、患者さんとの信頼関係が築けて、初めて叶うことだと思います。

(3)「腎虚肝鬱型の片側卵巣機能低下の改善及び2回の妊娠出産成功の症例」
    白 芳(誠心堂薬局)

 本症例では、補腎活血、疏肝理気の漢方薬を処方することにより、卵巣機能低下を改善させ、2度の妊娠を可能にし、2児を出産した事例が報告されています。本処方の採用により、卵巣機能改善効果が非常に速く現れたとのこと、今後の参考にしたいと思います。貴重な症例報告有難うございました。

(4)「帯下病(頚管粘液異常)の漢方治療」
    司 馬張(誠心堂薬局)

 頚管粘液異常を、漢方薬と誠心堂製薬「亀鹿ニ仙丸」を併用処方することにより、不妊を克服した症例を報告して頂きました。症例報告では、人工受精に何度も失敗していたものが、本処方を施すことにより、不妊を克服し、自然妊娠出来たとのこと、すばらしい報告だと思います。

 最後に、本セッションの発表会を総括させていただきます。
 本セッションでは、誠心堂薬局の四名の中医師の先生方によって、特に不妊症及び妊娠悪阻への中医学の貢献について発表して頂きました。漢方治療により自然妊娠の環境を整え、成功に導いた貴重な症例を報告していただきました。
 日本では近年、高齢化、晩婚化等により出産率の低下が大きな問題となっています。
 発表後の質疑応答においては、活発に討論がなされ、出席者の皆様の当問題に対する関心度の高さが伺えました。中医学がこの分野で十分貢献できることを再認識して頂けたのではないかと感じました。


座長レポート

【 特別講演 】
「不妊症の中医鍼灸治療」林暁萍先生の特別講演を拝聴して

座長:王 財源(関西医療大学)

Ⅰ はじめに
 林暁萍先生は1984年に中国遼寧省中医薬大学を卒業され、1992年には上海中医薬大学鍼灸研究科を終了後、1995年に来日、その後、京都府立大学老化研究センターで約3年の臨床研究を経て、現在では林鍼灸院で院長をするかたわら、武庫川女子大学薬学部で非常勤講師をされています。今回はそれらの豊富な知識経験より、不妊症の中医学理論を用いた不妊症に対する治療方法と実技を公開して頂きました。

Ⅱ 治療方法
 林鍼灸院では2009年5月から2013年7月までに他の医療機関で不妊症と診断された挙児希望で来院し、中医弁証論治による鍼灸治療継続3ヶ月以上(鍼灸治療のみおよびART+鍼灸治療)行ったことで、113名の方が自然妊娠とARTで初めて妊娠したことが示し出されています。林暁萍先生は不妊症を腎虚、肝鬱気滞、痰湿、瘀血型と4タイプに分類している(表1)。

表1 不妊症の分類
分 型
治療原則
処方穴
① 腎  虚 温陽強腎、
調補衝任
関元、三陰交、足三里、血海、腎兪、志室、中極、大赫、太谿 など
腎陰虚の症状があれば上穴+復溜、陰郄、然谷、照海、灸なし。
陽両虚の症状があれば上髎、命門、関元兪
② 肝鬱気滞 疏肝理気、
調経
関元、三陰交、足三里、血海、肝兪、蠡溝、期門、太衝、曲泉、気海など
③ 痰  湿 燥湿化痰、
理気調経
関元、三陰交、足三里、血海、陰陵泉、脾兪、太白、曲泉、豊隆、天突
④ 瘀  血 活血化瘀、
調経
関元、三陰交、足三里、血海、地機、心兪、膈兪、合谷、気海など

■ 治療方針の特徴
1.妊娠しやすい体質を作る目的で弁証後、体質改善の全身治療を行う。
2.愁訴の軽減を目的に全身や局部取穴を行う。 
3.通院回数や鍼の刺激量の調節など、患者の個々の病態を考慮して治療を進める。
 とくに、人工受精・体外受精か否か、採卵・着床・妊娠の継続など、それぞれの時期に応じた選穴と鍼の刺激量の調節および、施灸の必要性を検討する。
■ 鍼灸治療時の配穴の原則
1.弁証により、配穴を決定し、腹部のみだけでなく、特に遠位配穴も重視する。
  また、眼鍼、頭鍼、耳針およびお灸も併用する。
2.調気血・和脾胃・養肝腎を治療原則として、関元・血海・足三里・三陰交を基本穴とする。
  また、症状に合わせて適宜配穴を増減する。

Ⅲ 対象と年齢
 今回、不妊症による中医鍼灸対象とした患者は113名で、以下の所見がみられた。
1.他医療機関に不妊症と診断された者。 
2.当院に週1回以上、連続3ヶ月以上の鍼灸治療を受ける者。 
3.他の医療機関に「妊娠が成立した」と確認された者が当鍼灸院に報告した者。
 また、林暁萍先生の鍼灸治療を受けて妊娠された113名の患者の年齢は、初診年齢は35.6±3.71歳(最小27、最大44歳)、結婚年齢は30.0±5.0歳(最小23、最大40歳)で、 鍼灸治療は1-2回/週 、鍼灸治療回数は24.4±17.1 回である。

Ⅳ 結果
 113名妊娠患者のうち、腎虚証が51名を占め最も多く、次に瘀血証27名。肝鬱気滞証22名、痰湿証13名であった(表2)。

表2 113名不妊症治療の内訳
分  型
例 数 (%)
平均年齢
平均治療回数
人工授精成功率
体外受精成功率
自然妊娠
腎  虚
51 (45.1)
37.20±3.30
25.3±18.0
8
31
12
瘀  血
27 (23.9)
34.2±4.26
19.0±11.77
6
18
3
肝鬱気滞
22 (19.5)
34.33±3.33
21.62±10.6
8
10
4
痰  湿
13 (11.6)
35.46±2.33
28.3±27.97
2
9
2
(林暁萍先生の提供資料より作成)

以上の結果から次のことが示唆された。
 ① 中医弁証による鍼灸治療は女性不妊症に有効な治療法である。
 ② 中医弁証による鍼灸治療とART療法との併用は妊娠成功率を高める。
 ③ 不妊症患者の内、高齢による腎虚型が一番多いこと。
 ④ 湿邪による痰湿型の治療時間は最も長いこと。
合わせて不妊症の鍼灸治療の利点も示唆された。
 ① 有効性が期待できる(不妊症治療 or ARTの成功率をあげる)。
 ② 安全、苦痛が少ない、副作用がない。
 ③ 体質改善、全身症状や精神不安の改善に効果がある。

Ⅴ おわりに
 日本はすでに少子高齢化を迎え、今後、晩婚化、晩産化の流れで、不妊症患者、さらにARTを実施する患者の増加も予想されています。このような社会状況の中で、中医鍼灸が日本国内における少子化問題を解決する一筋の光明として今後期待できるものだと思われます。今回、特別講演をお引き受け頂いた林暁萍先生は「今後も鍼灸治療の有用性を生かし、もっと沢山の不妊症に悩まれた患者に良い結果を出せるようにお手伝いできることを期待します」とコメントされています。

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